幕末維新関係人物

  井伊 直弼

井伊直弼のARR (2018/4/18)
近江彦根藩の第15代藩主。幕末期の江戸幕府にて大老を務め、日米修好通商条約に調印し、日本の開国近代化を断行した。
生没年 : 1815年-1860年

ARRの年齢は、20歳、40歳です。

20歳の意識  
P2。
この年齢の頃は、何か非常に悩み考えているといった波動が強く出ています。
波動から、これは自分のネガティブではなく、自分の将来をいろいろ考えていたのではないか、そんな感じの波動です。
どちらにしても、何でもよく考えるタイプです。

40歳の意識  
P1。
とても頑固になっているといった波動を感じます。
プライドの強さを感じます。
意識的には、どこから自信が湧いてくるのか、何か楽観視が強いのではといった波動も感じます。

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【前回の波動測定】
井伊直弼と聞けば、桜田門外の変とか桜田門外において暗殺された人、とすぐ浮かんで来ると思います。
井伊直弼は、自分の政策方針に反発を抱くものから憎まれ最後は暗殺されたのですが、そんな井伊直弼はどんな意識を持った人だったのでしょうか。

まず、「暗殺8日前・・井伊直弼の最後の書状」を拡大して、この時の井伊直弼の意識に集中してみました。
書からは、すでに何かを察していたのかと思うほど、かなりの興奮状態にあります。
全体的にネガティブの渦の中に入っているという感じで、頭の中はかなりいろいろなことを考えています。
考えているというより、ただ頭の中をぐるぐる回っているという感じで、自分でも答が出せないで苦しいという意識状態です。
この書状に意識を集中していると、私の頭の中まであちこちがチクチク痛みが走ります。
暗殺8日前ということですので、何となく身の危険を感じていたのでしょうか。

次は、これもリンクから、少し生々しいのですが、井伊直弼が桜田門外の変で暗殺された時にかごに敷かれていたといわれる「最後の座布団」の測定をしてみました。
座布団の部分だけを拡大しての測定です。
突然襲って来た死の恐怖に直面したときの井伊直弼の意識状態です。
胸が押しつぶされるのではないかと思うくらいの圧迫感、血圧が急上昇する感じなのか全身的超ざわつきの感じが私の体に伝わって来ます。
体のあちこちがバラバラに勝手に反応している感じで、こんな状態は私も初めての感覚です。
思考、感情などはなく、訳のわからない潜在意識的反応の噴出による動揺。

人間、超パニックになると頭内中心に大きな意識の塊が出来るのか。
この意識的塊は、本質を知ることが出来なかったために自分という意識的芯(確信)の無い物的自己としての結果の表れとしか分析出来ません。
本質的、根本的意識かそれとも物質重視の意識かの違いは、人間、イザというときにはそのまま出るものです。
よく「本性が出た」というのは、こういうことかも知れません。

井伊直弼の他の書も測定してみましたが、意識は先ほどの暗殺8日前に書いた書状の縮小版といった感じで、いろいろなことをよく考える人だったようです。
頭の中で、集中点が実にあちこちに移動します。
どんな小さな物事も見逃さないという注意力はかなりのものだと思います。
全体的意識振動から感じるものは、思慮分別のあるどっしりと重い人格といった感じです。

ウィキペディア:井伊 直弼       はてなブックマーク  

  岩倉 具視

岩倉具視のARR (2018/4/21)
日本の公家、政治家。
生没年 : 1825年-1883年

ARRの年齢は、20歳、40歳、55歳。

20歳の意識 
P4。
気持ちは静かな波動で、考え方も慎重なタイプに感じます。
意識は特に目立ったネガティブ性もなく、素直な性格に感じます。

40歳の意識 
P3。
この年齢の頃は、何か問題を抱えているのか、大変悩み考えているといった波動を感じます。
気持ちも、ちょっと暗くなっています。

55歳の意識 
P1。
切羽詰まった意識状態になっています。
ここまで来ると、どうにも出来ないといった大変苦しい精神状態に陥っています。

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【前回の波動測定】
意識的には、いろいろな物事や人の動きなどに、考えや思いを巡らすタイプです。
相当考え抜く人で、これがこの人の根本にある意識に感じます。


ウィキペディア・岩倉具視

  岩崎 弥太郎

岩崎弥太郎の意識は、夢、希望がいっぱい、心がそれだけに満たされ大きく広がっています。
ポジティブ、積極以外に余分な波動(思い)は一つも無いくらい、何かの実現に向けて進むしかない意識を感じます。
岩崎弥太郎という人間の根本意識振動(根っから)を一言でいうと、「明るい未来」という振動だけです。
冒険家と同じ意識ですので、一度決めたら死を覚悟してやり通すものを持っています。

ウィキペディア:岩崎弥太郎
早稲田大学図書館

  三条 実美

特に特徴的な波動や意識は感じられないので、物事を淡々とこなしていく人だったと思います。
感情的にもそれほど差がある人ではないという感じです。

ウィキペディア・三条実美

  島津 斉彬

さすがに西郷隆盛を育て上げた人物というだけあって意識振動はすばらしい。
少しのネガティブ感情も感じないポジティブ意識は、同調していても気持ちがいいものです。
これがこの人の意識振動です。
魂レベルが違うのかもしれません。

ウィキペディア・島津斉彬

  ジョン 万次郎(中濱 萬次郎)

真の集中が出来る人。
いろいろなものに反応する意識センサーで受け取ったものを、自動的に自分に集中させる能力を持っています。
ジョン万次郎の意識は本当に静かですが、内なる思いは大きく拡大していく感じがします。
また、見通す力、全体を把握する力、非常に冷静に深く広く、物事を見極める力といった意識も感じます。
リラックスの中で使う集中力は天性のものです。

ウィキペディア:ジョン万次郎

  副島 種臣

調和的で穏やかな性格です。
自分の意識をいつも内側に向け調和を保とうとしている振動を感じます。
この人は書家としても有名ですが、この人の書を測定するとやはり内的リラックスで無駄な緊張がないポジティブハートを感じます。

ウィキペディア・副島種臣

  徳川 慶喜

若い頃から晩年までの写真に共通している意識的波動は苦悩です。
同調していても気の毒になるくらい、自分自身を含めすっきり解放されることのない、いろいろな問題に対して考えても答えが出ない八方ふさがり状態が固定された感じの意識になっています。
人生の幸せとは何かを考えさせられます。

ウィキペディア・徳川慶喜

  松平 春嶽

松平春嶽の意識振動から根本意識をみると、裏表の無い真っ直ぐな人という意識を感じます。
物事を出来る限り広く見て適切な判断を下せる自分というものを目指す、といった意識を感じます。
自分を向上進化させたいという振動が強く出ています。

ウィキペディア:松平 春嶽

  松平 容保

胸の上部のある点はストレスを表す部分でもありますが、その部分に強くストレスを感じます。
そこには集中的な圧迫感がありますので、かなり自分を押さえ込んでいたと思われます。
晩年の写真では、その思いが胸全体まで広がって固定されてしまった感じです。

ウィキペディア・松平容保

  山内 容堂

いつも何かをはっきりと決められない迷い、葛藤の強い人。
不安感も強く、ずっと心の落ち着くヒマもない人生だったという感じがします。
頭では本当にいろいろ考えに考え抜く。
その反面、心の奥から何か不安の思いが出て、一度考え抜いて決めたことを崩そうと迷わせます。
山内容堂は、こんな自分から逃げたくなるくらい辛かっただろうと想像してしまいます。

ウィキペディア:山内 容堂

  吉田 松陰

吉田松陰の意識集中は、幕末維新の志士たちの中でも特に意識レベルの高い人物と同じような振動があります。
いつの時代も、先が読める全体把握できる意識の拡大した人達が時代を変えるように働いています。
時代を変える、それは人間意識の進化のためです。
このような高い意識レベルの人達は、自分の都合の良い世界だけを目指しているのではありません。
サハスラーラに集中した振動を持った政治家や民衆運動家は、いつの時代も悪の勢力の敵になっています。
本質に根ざした意識から出る言葉は、いつの時代にも人の心を動かすものです。
吉田松陰の意識から見ると、松陰は弟子にどんな本質を教え指導したのだろうか。
残された教えもあると思うので、一度目を通して見たいものです。

ウィキペディア:吉田 松陰     京都大学附属図書館 

  

女性

  お龍(楢崎 龍)

坂本龍馬の妻
お龍の意識を測定すると、2つの相反する性質を持った女性というものを感じます。
お龍の表面的な意識は、とても静かで冷静といった感じがあるのですが、どこか少し醒めているといったものも感じます。
晩年も写真を測定しても、この意識は変わりません。
しかし、深い意識、根本的な意識は坂本竜馬の意識に似ているところがあります。
それは、坂本竜馬の3割程度ですが、何かカッカ燃えているものがあるのです。
この部分の意識は、坂本竜馬の3割程度といっても女性としては広さ大きさを感じます。
坂本竜馬は、自分に似たこの部分を意識的に感じ、お龍を気に入ったのかもしれません。
お龍は、自分の性質の良さを活かせたのかどうか・・・。

ウィキペディア:お龍

  和宮親子内親王

「降嫁した和宮は替え玉だったのか?」という謎めいた話もありますが、写真で測定した波動です。
波動としてはかなり重く沈み込んでいる感じです。
思考のほうは放心状態で何も考えられない、自分を失っている感じがします。
かなりつらく苦しい運命にショックを受けたのかもしれません。

幕末写真館    港区ゆかりの人物データベース

  天彰院篤姫

写真と天璋院篤姫の直筆とみられる短冊というものの測定をした結果、短冊も写真と同じような波動が出ていますので本人が書いたものと思います。
この人の波動はけっこう我の強いところが出ています。
この激動の時代の中で、徳川家のためにいろいろ尽力して生きていくには、このくらいの強さも必要だったかもしれません。

ウィキペディア・天璋院篤姫