あ行男性A

  芥川 龍之介

芥川龍之介のARR (2015/5/14)
小説家。
生没年: : 1892年-1927年
ARRの年齢は、15歳、25歳、そして亡くなる1年前の34歳です。

15歳の意識
顕在意識は、精神的に何かあったのか、とてもつらいといった波動を感じます。
しかし、頭はすっきりしています。
潜在意識はP4.5。
自分の可能性を広げようとする意識を感じるので、潜在意識は明るい。

25歳の意識
精神的か肉体的か、何がつらいのか。この年齢の頃は頭の働きも体のつらい影響を受けている感じです。
潜在意識は、明るい意識にかなり影が差し込んでいる感じの波動になっています。
気持ちがとても重く感じます。

34歳の意識
意識的には、目を閉じてつらさをじっと耐えているといった感じです。
当然、気持ちはずっしりと重くなっています。
潜在意識は、子供の頃にあった本来の明るさが完全に消えています。
「もう無理」といった感じの波動が伝わってきます。
違うところに意識が向いています。
「死」を意識していたかもしれません。

ウィキペディア介

  浅野内匠頭

明かされる真実?!忠 臣 蔵 Ⅱ

  足利尊氏

足利尊氏のARR (2015/6/16)
足利尊氏は鎌倉時代後期から南北朝時代の武将。
生没年 : 1305年-1358年
ARRの年齢は、15歳、40歳、そして亡くなる1年前の52歳です。

15歳の意識
芯が強い、度胸のある波動を感じます。
潜在意識は、この年齢ではけっこう余裕を感じる意識です。

40歳の意識
芯(意志)が強く感じるのは、15歳の頃の意識と同じですが、この年齢になるとさらに張り詰めたような意識まで加わっています。
アジナ集中の強さから、相当頭が切れたと思います。
顕在意識はこのような意識ですが、潜在意識になるとがらっと変わります。
潜在意識はとても「平静」です。
この平静な意識が固定していますので、この意識から全体を把握し判断していたと考えられます。

52歳の意識
この年齢の意識は、平静と穏やかな意識だけになっています。
何かいい瞑想をしているような意識状態です。

潜在意識は、内的自分を確信しているような意識に感じます。
何かをゆっくり感じとっているようで、非常にリラックスした意識が喜びの中に浸っているように感じます。

ウィキペディア

  天草 四郎

天草四郎の本名は益田四郎、一般には天草四郎時貞という名で知られています。
天草四郎のことを知ると、ちょっと驚きますね。
島原の乱で戦いを指揮した当時の年齢が16歳と伝わっています。
それには驚きますけど、本当に幕府との戦いで指揮したのでしょうか。
ARRでは、その辺の細かいことまでは出て来ませんが、天草四郎の根本意識がはっきりわかれば、少しは真実が見えてくるかもしれません。

天草四郎のARRです。
彼の意識は、顕在そして潜在意識ともに同じす。
それも一種類の質ですので、本当にわかりやすい意識です。
天草四郎の意識は、一種類の質ですので一言でいえます。
一言、「きれい」そのものです。
ただきれいといっても、きれいな色の場合もあればきらきらしているといったイメージも湧いてきますし、その他にもきれいと感じるものはいくらでもあります。
私が感じる彼のきれいな意識というのは、「純白」そのものといった感じのするものです。
「純白」が拡大浸透していく、といった感じは、余計な表現を付け加える必要もありません。

「純白」が拡大浸透している感じに集中していると、彼を支えている意識である霊性や霊的パワーといったものまで感じてきます。
霊的パワーといっても、意識で感じるものです。
「神童」という言葉がありますが、その当時このような意識の少年が現れたら「神童」と騒がれても、けっして不思議でもありません。
霊性、霊的智恵があれば、物事を大きく把握することも出来ますので、戦いを指揮したというのは真実なのかもしれません。

ウィキペディア

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天草 四郎のARR (2015/8/1)

天草 四郎は島原の乱における一揆軍の最高指導者。 
生没年 : 1621年/1623年?-1638年

以前のARRでは、まだ高い振動レベルを数字で表現できませんでしたが、それが可能となった今、改めて天草四郎のARRをしてみました。

ウィキペディア引用
‘1637年に勃発した島原の乱ではカリスマ的な人気を背景に一揆軍の総大将となる。
戦場では十字架を掲げて軍を率いたとも伝わるが、四郎本人はまだ10代半ばの少年であり、実際に乱を計画・指揮していたのは浪人や庄屋たちで、四郎は一揆軍の戦意高揚のために浪人や庄屋たちに利用されていたに過ぎないと見られる。’

島原の乱では天草四郎はまだ10代半ばの少年ですから、一揆軍の最高指導者と考えるには無理があり、少し疑いたくなるかもしれません。
そうなると、ここにも書いてあるように、「利用されていたに過ぎない」という考えも出て来ても仕方ありません。

では、本当のところはどうなのか、やはりそれを知るには天草四郎の意識が果たしてカリスマ性があったかどうか、その根本意識がはっきりわかればと思い、今回は、島原の乱の年(1737年)とその前の年(1736年)の天草四郎の意識をARRしました。

1736年の天草四郎意識は、P7で、翌年の1737年の意識は、この短い期間で、さらに意識レベルは上がっています。
10代半ばの少年がこの意識レベルですから、おそらく天草四郎は聖者の化身と考えてもおかしくないと思います。

  新井 白石

新井白石の自筆の書に集中しているとアジナを中心としたあたりが少し重く痛くなる感じがして来ます。
これはネガティブというのではなく、集中力がかなり強い人に共通した振動です。
アインシュタインに近い白石の集中力を感じると、やはりかなりの意識レベルの人だったということが分ります。
集中力の強い人は当然頭が良い人とも言えますが、すべては学校の勉強に特定したものだけではありません。
白石の集中は、集中自体に集中するといったその行為に触れて感じるものは見逃さないといった感じの振動です。
例えて言うと、一般の人の集中可能な範囲を半径5メートル内とすると、白石は半径10〜15メートル内にあるものはすべて把握出来るということです。
これは集中の中でさらに内的集中の意識が伸びている、またはその範囲内にあるものを自分の意識に自動的に集中させることが出来るということです。
これも集中の一つです。
これが子供のうちに出来る、若いころから出来るというのは前世からの意識の引継ぎだからです。
どんな人もすごいレベルで何かを出来るようになるには努力が必要ということです。
前世的な関わりがあるなら、今している努力は来世にもつながるということです。
何もしないで文句を言っても、それは自分に返ってくるだけです。
自分のために、「やって損した」ということはないのです。

ウィキペディア     国立国会図書館

  明智 光秀

明智光秀の直筆が一つしかなかったので、この判物が明智光秀が書いたものとして測定してみました。
じっと書の波動に意識を合わせていると、かなり息苦しいストレスを感じる。
それは本当に強いストレスの感じます。
その波動を感じていると、私の胸の中まで痛くなるだけでなく気持ちまで変に高ぶってきます。
その高ぶってくる気持ちの奥にある思いは、憤懣やる方ないといった感じのもので、胸の中はその憤りでどうにも出来ないくらい圧迫感に押し潰されています。
その感じは頭の中まで上って来ています。
血が上るというのではなく張り裂けそうな痛みまであります。
こんな状態でいつまで耐えられるのか、という精神状態です。

この判物は本当に光秀が書いたものなのか、もしそうであれば明智光秀はこのような性格の人物であったということになります。
明智光秀の意識測定から、明智光秀の信長に対する謀反は、個人的かまた信長に敵意を持った実力者が明智の気持ちを利用したか。
どちらにしても信長に対する復讐心が原因だと考えられます。
あくまで私の意識測定からの推測です。

「本能寺の変」の真実は?
また、明智光秀は天海僧正なのか?
天海僧正の直筆のものがあれば、波動が一致するかどうかで真相がわかるのですが。

ウィキペディア     グーグル検索:明智光秀判物

  一休 宗純

テレビアニメや漫画の「一休さん」は、この一休宗純をモデルであることはもう知っていると思います。
一休宗純の測定ですが、「一休宗純の書」ともう一つ「一休禅師木像」を測定してみました。
重要文化財に指定されいるこの木像はとても珍しいもので、一休さんが亡くなる前の年に弟子の墨済に命じてつくらせたものですが、何が珍しいかと言うと、 この木像には一休が自分の頭髪とヒゲを抜いて植え付けた跡が残っているということです。
この木像に一休宗純の振動と同じものが入っていればその話も信じることが出来ますが、結果は?
一休宗純の測定結果です。
書からは、一休宗純の集中はサハスラーラにあり、その振動はとても軽くさわやかで心地感じがします。
では、木像の振動はどうでしょうか。
木像の振動のなると軽くさわやかという感じは消え、何か強い思いの振動を感じます。
サハスラーラ振動はさらに強い振動になっています。
振動の感じからこの二つには共通している意識がありますので、この木像に関する話も間違いないと思います。
一休宗純は、この木像にたくさんの人が気持ち的に意識を合わせて欲しい、自分の意識を感じて欲しい、同調して
欲しいという思いで、自分の頭髪とヒゲを抜いて植え付けたのかもしれません。
この意識レベルになると、物的な自己欲求は考えられません。
霊的な意識を求めている人やそのような意識レベルにある人は、サハスラーラの振動が叙々に強くなって行きます。
今、精神世界もかなり広まって来ていますが、それを教えている人の振動がサハスラーラにあるかどうかも重要なことです。
中には、とんでもないレベルの人もいますが、それは全部この波動振動測定ではっきり出ます。
この世界は自己責任になりますので、よく識別判別する、また注意も必要です。

ウィキペディア     秋華洞     酬恩庵一休寺

  上杉 謙信

ウィキペディアに載っている書状に意識を合わせていると、ちょっと首を傾げたくなる波動を感じます。
武将?何でこんなに消極的で内にこもるような意識なのか。
性格的にも線が細い感じで感情はまるで女性的。
胸の中には不満やいらだたしさ、これも女性的な感情の波動。
ちょっと驚き、意識波動から見ても戦国武将としては似合わない柔らかい感じが内にあります。
周りに余程すばらしいブレーンがいなければ武将にはなれない意識と感じたのですが。

これは神社のコーナーにも載せますが、上杉神社の振動にも触れておきます。
この神社の振動はアナハタに集中で、その振動は女性的で癒し系です。
やさしい、やわらかい本当に気持ちのいい振動の神社です。
上杉謙信を祀っていますので、波動振動も一致しています。

ィキペディア

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上杉 謙信のARR (2015/7/28)

上杉 謙信は越後国の武将・戦国大名。 
生没年 : 1530年-1578年
ARRの年齢は、15歳、40歳、そして亡くなる1年前の47歳です。

15歳の意識
P3.5。
とてもおしとやかで、やさしい意識です。
どこからみても男性的な感じは少しも無く、逆に線が細いといった意識に感じます。

潜在意識はP4で、特に強く感じるのは寛容といった意識で、やさしさと思いやりのある波動以外、他の波動はありません。

40歳の意識
この年になっても15歳の時の意識と変わらず、線は細く、おしとやかで、やさしいゆったりとした意識です。
武将のはずですが、その感じはまったく無く、意識全体をまとめると、やわらかい雰囲気で本当にやさしい女性といった感じです、潜在意識は、少し心配の波動を感じますが、それも待つ見守るといった感じの波動です。
この波動も、感じは女性的です。

47歳の意識
顕在、潜在意識ともに同じ感じです。
P4.5。
やはり、おしとやかで、やさしい意識状態です。
穏やかな意識のままでいます。

※ これが戦国武将の意識、天下をとってもおかしくない武将とは、どう考えても不思議に感じます。
ここまで意識にギャップがあると、私のARRが間違っているのか、それとも上杉謙信は女性だった、という説が本当なのか、これでは歴史ミステリーになってしまいます。

では、この年齢でARRすると、どういった意識が出て来るでしょうか。
これで、はっきりするような気がします。
川中島の戦いは、12年余りに及んでいますが、主な戦闘は計5回ありました。
その川中島の戦いの中で、最大の激戦だったのが第4次合戦です。

この第4次合戦が始まったのは1561年ですので、この年の上杉謙信の意識が分かれば大体の人物像は推測できると思います。
こんな時に、のんびりしている意識などはあり得ないはずですが。

1561年の上杉謙信のARRです。
少し緊張した意識を感じます。
しかし、武将として戦場で敵と戦うといった意識は感じません。
少し心配気味のゆったりとしたやさしい意識でいます。
心配の気持ちは、静かに祈っているような波動が伝わってきます。

このときの潜在意識も、やはりやさしい思いが強く出ています。
このやさしさは、本人の根本意識そのものです。
やはり、この意識は、とても戦場で敵と戦うといった意識ではありません。

  歌川(安藤) 広重

歌川広重の絵はとても色がきれいなので、測定するまでは性格的にも明るい人だと思っていました。
歌川広重の測定結果です。
全体的に落ちついた冷静な人と言えばいい印象になりますが・・。
最初の絵に集中していると何かがおかしいと感じました。何がおかしく感じたかというと、気持ちが重くなるのです。
もしかして自分の振動が整っていないからかもしれないと思い、少し落ち着かせてから数枚の絵に意識を合わせてみました。
やはりこの気持ちの落ち込み波動は同じです。
広重は長い間何かのことで心から悩んでいたと思います。
それは、何か解決出来ない自分自身のことで囚われていたのかもしれません。
絵を見た瞬間、私の気持ちも何かを思いつめたくなるような意識に変わって来ます。
広重は絵の才能だけでたくさんのすばらしい作品を残せたと思います。
しかし、私は広重の絵をじっくり見ていると、どこか力がない、何かさびしさや気落ちの波動を感じてしまいます。
これはあくまで、絵から受ける歌川広重の意識波動だけに限定したことになります。

ウィキペディア

  植村直己

ウィキペディア    
ポジティブ意識の智恵 (波動振動測定の説明もあります)

  大石内蔵助

明かされる真実?!忠 臣 蔵 Ⅱ

  織田 信長

書の波動から、かなり自我の強い人という感じを受けました。
自分の目的意識に向かってそれを実現させるために、何が何でも押し通していくという性格です。
行動力があるというより、内から湧いてくる自然に突き動かされる感じ、血が騒ぐと行ったものでじっとしていられないタイプです。
それは言葉や態度にも自然に出て来るもので、自分でも抑えが利きませんので周りの人は大変だったでしょう。
信長の目指す方向は、自分の内から来るどうすることも出来ない衝動によるもので、おそらく前世もそのような意識で天下を狙っていた人物だったはずです。
意識波動からもそんな感じが出ています。

鳴かないホトトギスを例に取り、三人の天下人ならどうするかの性格を後世の人が言い表したものがあります。

信長は、「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」。本当にこのとおりです。
信長の意識をよく言い表しています。
あと信長で気になるのは、明智光秀ですね。

ウィキペディア     文化庁:文化遺産オンライン

  沖田 総司

沖田総司は、「幕末維新の志士達」で波動測定をしようといろいろ測定出来る資料を探してみましたが、写真だけでなく本人のものと断定出来るものは見つからなかったので、とうとう測定できないままでした。
今は、ARRで可能ですので、早速そのARRの結果から分かったことを説明していきたいと思います。

沖田総司は、小説やドラマなどではかなり美化された人物として人気がありますが、ARRでは、がっかりさせますが、そのような感じは少しもありません。
目立った意識の集中点というものはありませんので、特に思想的にこだわっていた人間とも思えません。
ARRでも、意識というか性格もなかなか出て来ませんでした。
表面的にはポーカーフェース的な人間で心を隠しているといった感じです。

それでようやくつかんだ顕在意識は、ただ「負けん気」が強いといった意識だけです。
次に、沖田総司の潜在意識に焦点を合わせてみました。
これはすぐ出て来ました。
この意識が潜在意識ということは、そういう自分を知っていて抑えていたのかもしれません。
それは、顕在意識と同じく「負けん気」が強いという意識の他に、ぴったり表現するのは難しいのですが、私の中で感じるのは「暴力的」といった感じが一番近いと思います。
この内容から考えると、実際はそれほど魅力的な人物ではなかったとなります。

そこで、今これが沖田総司ではないかと言われているいくつかの写真から、今度は逆にARRの意識波動から、写真の波動測定で一番沖田総司に近い波動の人物を探してみました。
いました。
意識の質まで似ているといった人物は少ないと思うので、私は下のリンクにある人物が沖田総司だと思います。

フォトレスキュー写助